初冬に水稲の直播を行い、根雪の下で越冬させて春に出芽させる技術“初冬直播き”栽培をご存知でしょうか?岩手大学が提唱し、北海道、東北、北陸地域などで取り組まれているその技術は、人手不足を解決するひとつの糸口として注目を集めています。
11月20日、新潟県聖籠町のアグリヘリテージ様のほ場において、耕起と同時に播種から鎮圧まで行えるスリップローラーシーダーを用いた初冬直播きの実演会が行われました。今回は初冬直播きについて、実演会を通してその魅力と経営効果をレポートします。
スリップローラーシーダーによる初冬直播きの実演会
初冬に播種することで春作業の軽減を図る
秋の繁忙期を終えて一段落ついた頃、新潟県聖籠町のアグリヘリテージ様のほ場では、次年度の稲作に向けた播種作業が行われました。その名も“初冬直播き”。少子・高齢化に伴う人手不足と、規模拡大に対応する技術として注目を集める直播栽培の応用技術です。
“初冬直播き” は、雪国でも取り組むことができる技術で、雪が積もる前に乾田直播や湛水直播の播種を行い、根雪の下で越冬させると、暖かくなる春先に出芽します。これによって、耕起、代かき、育苗、田植えで忙しい春作業の軽減を図ります。新潟県新発田農業普及指導センターでは、地域の農業者に対して、超省力化技術の普及を図るため、管内で同技術に初めて取り組んだ、アグリヘリテージ様と協力して“初冬直播き” の技術確立を目指しています。
初冬直播きには、MR1000に自動操舵を搭載しスリップローラーシーダーを装着して播種を実施
地域でも関心が高い初冬直播きの実演会を開催
11月20日、収穫後の刈株が残るアグリヘリテージ様のほ場において、スリップローラーシーダーを用いた“初冬直播き”実演会が行われました。スリップローラーシーダーは施肥・耕起・播種・鎮圧を一工程で行える乾田直播用の播種機の一つです。
本取り組みに関わる農業普及指導センターの鈴木さんは、県内における乾田直播の普及状況について次のように話します。「県内の直播技術といえば湛水直播が広く普及している一方、乾田直播は広がらない傾向にありました。これは新潟県が湿田地域であることが要因です。しかし近年は、ほ場整備を機に暗きょなどの施工が進んで排水性が向上し、乾田直播に取り組む農業者が増えています」。
また、実演会開催の経緯については「“初冬直播き” については管内でも取り組みが少なく、地域の皆さんも興味はあるものの、自身の経営に取り入れるか悩んでいる状況です。そこで、すでに導入されているアグリヘリテージ様の協力の下、播種作業の実演会を開催しました」と鈴木さん。
新潟県新発田農業普及指導センター普及課 技術専門員 鈴木 信様
実演会には地域の農業者や関係者が大勢集まった
実機実演に熱視線、充実のプログラムで開催された実演会
実演会は、農業普及指導センター所長による挨拶に始まり、中日本農研センター上越研究拠点の大平さんによる初冬直播きの栽培概要説明、アグリヘリテージ代表の荒木さんによる導入後の感想、そしてスリップローラーシーダーを用いた播種作業の実演と、充実した内容となりました。
参加したアグリフルキャス湖南の相沢さんは「急に5~6haほど農地受託の話が来るようになり、育苗ハウスも限界に近づいてきているため、そろそろ直播の導入をと勉強しているところです。荒木さんから実演会の話を聞き、スリップローラーシーダーの実物が見られるということで飛びついてきました」と参加の経緯を話します。実機を見た相沢さんは「大きな機械ですので、コスト面を考えると他の作物との汎用利用も視野に導入を検討したいです」と強い関心を示し、さらに「荒木さんもおっしゃっていましたが、初冬直播きは、直播として最初に手を出すには難しい技術だと思います。まずは通常の乾田直播から始めてみようかと考えています」と今後の意気込みを語りました。
「初冬直播きのポイントはスリップローラーシーダーでの播種深度です」と実演会参加者の前でポイントを伝える荒木さん
農事組合法人 アグリフルキャス湖南 相沢 大樹様
農業者の声
新潟県聖籠町 株式会社アグリヘリテージ 荒木 祥史 様
【経営内容】稲50ha、大豆20ha、大麦4ha、里芋1.4ha
他業種から農業界へ。チャレンジャーが考える10年後の農業経営
新潟県聖籠町で複合経営を行っている株式会社アグリヘリテージ様は、2021年に地域の農業者が集まって設立された法人です。「この時期の新潟県っていつも曇っていて、ちょっとどんよりしているんですよね。今日ほど初冬直播き日和の日はないですよ!」 そう話すのは、代表の荒木さんです。自然の中で働くことに憧れ、他業種から15年前に聖籠町で就農。現在は先駆的な考えとチャレンジ精神で法人の経営を牽引する若手農業者です。「離農する農家が増え、担い手に農地が集約するなかで、いかに農地を維持していくかが課題です。今後10年を考えると直播のような省力化技術を導入するなど対策は必要になってきます」と地域農業の持続性について課題を口にします。
アグリヘリテージ様の保有農機による一工程飛ばしでの播種作業
農繁期である春作業の負担を打開する初冬直播き
荒木さんが初冬直播きに取り組み始めたのは2024年の12月から。きっかけは、作業のさらなる効率化を目指したことでした。「最初は、春作業の忙しさと人的負担を軽減しようと、麦作で使用するスリップローラーシーダーを転用して春播きの乾田直播に取り組みました」と荒木さん。そこからさらに初冬直播きへ踏み切った経緯について、こう続けます。「繁忙期の山をさらに切り崩し、労働力を軽減するにはどうすればよいか。そう考えていたときに提案されたのが、秋に播種する“初冬直播き”でした。うちは収穫が終われば農閑期に入るので、この時期に播種ができれば春先に余裕が生まれると考え、まずは1haから取り組みました。初年度は出芽率への不安もありましたが、普及センターの調査によると㎡あたり66.4本と、初冬直播きでは良好な苗立数を達成しました」。
一工程飛ばしで播種を行った箇所(左)自動操舵付きトラクタで、前作の稲株が残っていても高い精度で耕うん同時播種が可能
播種深度は0.5cm~1cm。種子が田面に見えるか、見えないかの程度で仕上がり
クボタ技術顧問の解説
株式会社クボタ 技術顧問 牛腸 眞吾
耕うん同時播種ができるスリップローラーシーダー
“初冬直播き” は、岩手大学の下野教授のグループが開発した新しい直播技術です。これは積雪地帯では、根雪になる前に播種を行い、雪の下で越冬してから春に出芽させる技術です。作業が集中する春の繁忙期を避けて、直播作業を降雪前に行うことで、春作業の負担軽減を図ります。新潟県では、この時期の天候は田面が乾きづらいため、アグリヘリテージ様での今回の初冬直播きは「スリップローラーシーダー」を使用した耕うん同時播種体系を採用しています。 スリップローラーシーダーは「施肥・耕起・播種・鎮圧」の四工程を同時に行えるため、事前作業は必要無く、秋の収穫後の刈株が残るほ場であっても、この1台だけで作業を完結できます。
初冬直播きの注意点と、自動操舵での初冬直播きのメリット
まず、播種までの準備ですが、他の直播栽培と同様に、漏生稲対策として前年と同じ品種を用いることが基本となります。雑草が少なく水持ちの良いほ場の選定をお願いします。また、ほ場表面が湿潤でも播種時に支障なくトラクタが走行できるよ
う、秋の収穫後にできるだけほ場を乾かして地耐力を高めていただくとともに、スリップローラーシーダーなどで播種する場合は播種前の耕起をしないようご注意ください。
さらに、新潟県などの北陸地域で取り組む場合の播種量については、越冬後の苗立率を考え、キヒゲンR2フロアブルの塗沫を前提に、当年産の休眠が深い品種の場合で9~ 11kg/10a、休眠が浅い品種では15 ~17kg/10aの種子を準備していただく必要があります。また、越冬前に発芽することのないよう、播種作業は気温が十分に下がってくる11月中旬以降に計画していただくと良いと思います。
播種時の留意点ですが、苗立率を高めるためには播種深度が重要です。深くなり過ぎないよう、スリップローラーシーダーなどの場合は0.5 ~1cm程度と、種子が田面に見えるかどうかの仕上がりを目標としていただきたいです。また、このように微妙な播 種精度が苗立ちに影響してくるので、後方の作業状況にも注意が払えるよう、播種作業に自動操舵付きトラクタを使っていただくことは非常に有効であると考えています。
キヒゲンR2フロアブルがまぶされた「つきあかり」の種子。アグリヘリテージ様で自家採種(※)したものを使用
(※)登録品種の自家採種を行う場合は必ず育成権者から許諾を受けてください(農研機構育成品種については、種子として販売しなければ許諾なしに栽培可能)
春先に効いてくる緩効性肥料を同時施用
令和7年産は春播種の乾田直播と同等の収量を確保
アグリヘリテージ様での初冬直播きへの取り組みは、今回の播種で2回目を迎え、私たちも継続して支援を行っています。 令和7年産の実績に関しては、初冬直播きの反収が540kg、春播種の慣行作業では570kgとなり、春作業とほぼ同等の良好な結果が得られました。
本年度は、作業時間や燃油費などのデータを詳細に調査する予定です。初冬直播きに関心をお持ちの農業者の皆さまに向けて、コスト面も含めた総合的な経営効果を提示したいと考えています。
スリップローラーシーダーの特長





