2023年4月14日、岩手県遠野市においてWCS用稲(専用品種)の乾田直播の播種作業が実施されました。飼料高騰の折、牧草等の粗飼料に置き換えられる稲WCSの生産拡大が望まれている昨今ですが、移植栽培は、畜産農家にとっては栽培技術やほ場確保等の面から、耕種農家にとっては主食用米、飼料用米との作業の重なりが課題です。一方で人手不足も大きな課題となっています。そうした中、岩手県遠野市では、生産者、県、みちのくクボタが連携し、専用品種の普及に向けて、牧草地を水田に転換して、高速グレーンドリル播種体系による乾田直播での稲WCS生産の実証が進められています。
生産者の声
効率よくできる乾田直播の作業体系を実感
私が乾田直播による稲WCS生産に取り組みたいと考えたのは労働力の不足が大きな理由です。作業を省力・効率化して、少人数で高品質な飼料を生産できる技術を取り入れることで、今後に繋げたいと思い、この実証で学ばせていただいています。稲WCSの生産は、一度、移植で挑戦しましたが、専用品種ではなかったため、モミがつきすぎて飼料としては使いづらかったです。今回は乾田直播での栽培に加え、WCS用稲での実証ですので、高品質な稲WCSとなることを期待しています。播種作業まで進めて、グレーンドリル等、初めて使った機械が多いのですが、特に播種前の砕土作業でのパワーハローの砕土性には驚きました。1人、2人で効率よくできる作業体系で、人手不足に対応する技術だと感じています。
菊池 長俊 様 [経営内容(栽培面積)]自給飼料生産:牧草13ha 食用米:50a
MR1050PCを使用。7~8km/hで播種を実施
作業はみちのくクボタのサポートのもと菊池様によって進められた
実証担当者の声
乾田直播栽培技術による生産面積拡大、増産に期待
コロナ禍、ウクライナ戦争、円安等の影響により、昨年から飼料価格が高騰し、地域を問わず畜産経営体は赤字が拡大し、存続の危機にさらされております。この危機から畜産農家を救うためには、省力低コスト技術を導入した飼料増産が喫緊の課題となっております。遠野市では毎年、約100haの水田で稲WCSが作付けされていますが、そのほとんどが移植栽培となっています。今後、稲WCS増産のため、生産面積を増やす場合、大規模稲作経営体のみならず、畜産経営体では労働力不足が深刻化しており、移植作業体系では対応できない(育苗や代かき作業の実施等が困難な)状況です。今回の水稲乾田直播栽培実証を機に、遠野市内における乾田直播栽培技術が普及拡大し、省力低コスト技術による稲WCS生産面積拡大、飼料増産が図られることを期待しています。
中部農業改良普及センター 遠野普及サブセンター 上席農業普及員 山本 研 様
直播作業がスタート。播種量:6kg/10a、播種同時側条施肥 40kg/10a
条間は約18㎝、深さは約15mm
関係機関の声
「つきはやか」を推進。配合飼料の代替としても期待
水田に作付けする良質な粗飼料として更なる活用が注目される稲WCSですが、遠野市内においては主食用米需要との調整を図る「転作作物の一つ」という認識が強い上、主食用品種の収穫適期となる8月中旬から続く雨や台風に伴う刈り遅れにより品質低下を招くなど、耕種農家と畜産農家とのミスマッチを感じていました。このことから当市では、稲WCS専用品種「つきはやか」の普及拡大を進めています。昨年度、岩手県が実施した県内での実証栽培においても、収穫適期の長さや倒伏耐性、飼料成分や牛の嗜好性で主食用品種よりも優位性が認められており、昨今高騰が続く配合飼料の代替としての活用も期待しています。令和6年度からの本格栽培に向け遠野市農業再生協議会とも連携し、地域で特色ある取り組みに支援できる「産地交付金」を活用し、耕種農家の専用品種の導入や連担団地化を後押しする予定です。
遠野市産業部畜産園芸課 畜産担当主査 馬場貴之 様
稲WCS専用品種「つきはやか」
キヒゲンR-2フロアブルで種子消毒を実施済
クボタ担当者の声
岩手や青森での稲WCS乾田直播の確立を支援
実証ほ場は前作まで牧草地でしたので昨年秋にプラウ作業で残さ物をすき込み、土を返しました。4月上旬のバーチカルハローでの砕土・整地作業とレーザーレベラーでの均平作業を経て、播種、鎮圧作業に至りました。一連の作業で土の乾きを早くして生育を促し、最終的に土を回収しない刈取・収穫作業で、高品質の稲WCSを生産することを目指します。播種は側条施肥機を装着したグレーンドリルで実施。確実な播種・覆土により発芽が見込めますが、雑草管理対策が重要ですので関係各位と協力してサポートしていきます。
岩手県、青森県で乾田直播への取り組みをサポートしていますが、生産者や面積の増加を実感しています。乾田直播は、移植栽培、牧草栽培、稲わら収集等との作業分散につながるメリットもありますので、実証を経て、この技術での取り組みが増加すればと思います。
株式会社みちのくクボタ 担い手推進企画チーム ICT担当 藤原 辰徳
昨年10月に実施されたプラウ作業。作業前にラウンドアップを散布
25~26cmで反転耕起
クボタ技術顧問の解説①
水稲乾田直播栽培の良否を左右する初期の雑草防除
水稲乾田直播栽培を導入する場合、特に注意が必要なのが初期の雑草対策です。菊池様のほ場は、前年まで牧草地として管理され、今年が初年目作付けであることから、多種の雑草や難防除雑草の発生が懸念され、乾田期、湛水期に応じた効果の高い除草剤施用と的確な水管理が失敗しない乾直栽培につながります。
播種後の除草剤処理体系は、①イネ出芽前の乾田状態(Ⅰ期)での土壌処理剤+非選択性茎葉処理剤と②入水後湛水状態(Ⅲ期)での初中期一発処理剤の2回処理が基本となります。但し、播種期が早い場合や前作の雑草発生状態によっては、イネ出芽後から入水前までの乾田状態(Ⅱ期)に選択性茎葉処理剤を追加で処理する必要があります。今回の実証では、播種時期やほ場の前歴を考慮しながら、雑草の発生状況を確認し、Ⅰ期~Ⅲ期の3回処理を実施する予定で準備を進めております。
株式会社クボタ アグリソリューション推進部 技術顧問 瀬野 幸一
クボタ技術顧問の解説②
株式会社クボタ アグリソリューション推進部 技術顧問 三上 隆弘
稲WCSとWCS用稲(専用品種)
1.稲WCS(ホール・クロップ・サイレージ)とは
稲のモミと茎葉を一緒に収穫し、細断、成形、密封、乳酸発酵させた牛用の飼料です。水田をフル活用して生産できる良質な飼料として、耕種農家・畜産農家の双方にメリットがあります。
2.WCS用稲品種は大きく分けて2種類
1)従来型品種 :
食用米や飼料用米兼用で、モミの割合が多いタイプ(穂重割合は約50%)
2)極短穂型品種:
茎葉が長く、穂が短くモミの収量が極端に少ないタイプ(穂重割合は約10~15%)、光合成された糖分が籾ではなく茎葉に蓄積され高糖分で良質なサイレージ化が可能
3.WCS用稲の品種選定
1)縞葉枯病の常襲地域では、縞葉枯病抵抗性が付いた「つき〇〇〇」シリーズを選定
2)移植したい時期と収穫したい時期が生育と合っているか確認
3)稲WCSを使う側の要望は、極短穂茎葉型・高糖分品種を好む傾向
出典元:一般社団法人日本草地畜産種子協会
出典元:一般社団法人日本草地畜産種子協会
出典元:一般社団法人日本草地畜産種子協会
4.極短穂型品種の肥培管理
一般的に、食用稲品種より生育が旺盛で、移植栽培、直播栽培ともに食用稲の1.5~2倍程度の多肥栽培が必要です。
特に、倒伏に強く、硝酸態窒素の生成が少ないため堆肥が活用できます。
5.直播栽培で特に留意すべき事項
一般に、耐倒伏性は、散播では弱く、条播では中程度、点播では比較的強く、また、乾田直播は、湛水直播よりも強いことが知られています。耐倒伏性の強い品種でも散播での極多肥栽培は避ける等の注意が必要です。
6.稲WCSの収穫
収穫は、出穂後日数を目安に刈り取ります。(従来品種:黄熟期は早生で出穂後25〜30日、中生・晩生で出穂後30~40日前後)収穫が早すぎると稲体水分が高いため稲WCSの品質が低下することがあるので注意が必要です。
極短穂茎葉型の「つきはやか」、「つきあやか」、「つきすずか」、「つきことか」等は、刈取りステージが進んでも消化率が低下しないので早刈りせず、糖含量が十分に高まる出穂後40~70日以降の収穫が望ましいです。