2018年12月に量産を開始した次世代型コンバインWRH1200Aと19年1月に発売したディオニスの開発に携わってきた3人の技術者に、スマート農業の収穫分野で中核を成す新技術「自動運転アシスト機能」と「食味・収量メッシュマップ機能」についてお聞きしました。
(この記事は、2019年8月発行のクボタふれあいクラブ情報誌「ふれあい」40号を元に構成しています。 )
高齢化や人手不足は日本の農業が抱える大きな課題。解決の糸口の一つと期待されているのが、ロボット技術やICT、IoT(※)を活用して超省力化・精密化を実現する次世代型農業「スマート農業」の普及です。
クボタは2016年に直進キープ機能付き田植機を発売したのを皮切りに、直進・カーブの自動操舵機能を搭載したM7シリーズ(GF仕様)や、有人監視下での自動運転が可能なアグリロボトラクタSL60Aなど、スマート農機の開発に取り組んできました。また、農業経営を見える化し、消費者が求める「安心・安全でおいしい農作物」の効率的な生産をサポートする営農支援システム「KSAS(クボタスマートアグリシステム)」を提供しています。
※ICT(Information and Communication Technology)、IoT(Internet of Things)の略。
コンバインでは業界初 自動運転アシスト機能
収穫機技術部S8チーム長の仲島鉄弥さんが率いるのは、コンバインICT開発チーム。ロボットコンバインや収穫と同時に食味・収量を測定するセンサの研究開発を行っています。彼らが開発し2018年12月に発売したアグリロボコンバイン「WRH1200A」は、有人での自動運転で米と麦の収穫ができる業界初のコンバイン。モニターで試乗頂いたお客様からは、「一日中コンバインを運転するのは重労働だが、周囲刈り3周を手動で収穫するだけで、残りは自動運転で作業ができるので本当に楽」「農作業の熟練者でなくても、一定以上の作業ができる」といった声が届いています。
操作は簡単。手動運転でほ場の外周を刈取ると、マップと作業経路が自動で生成されます。その後、「自動運転アシスト開始」のスイッチを押せば、前後進、方向修正と旋回移動、作業クラッチの入/切、刈取部の昇降など、全て自動で行われます。さらに、グレンタンクが満杯になるタイミングを予測し、最適なタイミングで排出ポイントまで移動。オペレータは安全と作業監視に集中していれば良いので、疲労を大幅に軽減することができます。
自動運転を可能にした背景には「2~3センチの測位精度を得られる高精度なGPSが農機に使えるコストにまでなってきたことがあります」と仲島さん。
WRH1200Aは、キャビンルーフにGPSユニット(移動局)を搭載し、地上に設置したGPSユニット(基地局、別売り)から補正情報を受信しながら、コンバインの正確な位置を測位。コンバインが無駄のない最適ルートを逐次自動判断し、高精度に刈取っていきます。
「難しかったのは、刈り残しをどれだけ減らせるか。軌道がずれたからといってすぐに寄せると、作物を倒して刈り残してしまいます。土も軟らかかったり固かったり、でこぼこがあったり。ほ場がどんな状態でも走って、なおかつ刈り残さないようにするのに一番苦労しました」と開発に携わった中林隆志さんは振り返ります。
どのようなほ場条件でも自動運転で刈取りができるよう、実際のほ場でテストを重ねました。
「開発は収穫機技術部だけでなく、機械先端技術研究所やシステム先端技術研究所など、社内の様々な分野のスペシャリストと協力しながら、テストほ場で走行しては解析するといったことを本当に何度も繰り返しました。GPSやIMUセンサからコンバインの位置や向き、傾きをセンシングし、状況に応じた操舵量を常に演算して、左右クローラ回転を微妙にコントロールしています。ほ場の状態が変化したり、機体が傾いたりしても、刈り残すことなく走行させることが可能になりました」と中林さん。
めざすのは完全無人の自動運転
先端技術の活用と地道な現地研究の積み重ねによって実現した自動運転アシスト機能。次なる課題は、完全無人化による自動運転の実現です。
「人手不足をカバーするには、コンバインを走らせている間、人は別の作業ができたり、ほ場間移動まで無人でできたりしてこそ。安全技術のいっそうの向上に加えて、安全基準を含めた法整備も関わってくることですから、国と一緒になって望ましいあり方を今後も探っていきたい」と仲島さんは話します。
「ゆくゆくは納屋から自分で行って自分で帰ってくるようなコンバインが開発できたらいいですね」。
より効率よく良い作物を 食味・収量メッシュマップ機能
次世代型コンバインの、自動運転アシストと並ぶ大きな特長は、「食味・収量メッシュマップ機能」です。2018年4月に発売したWRH1200に初めて搭載され、WRH1200、ディオニスにも搭載されています。 ※オプション
「食味とはタンパク含有率を測定したもので、米の場合は含有率が低い方がおいしいといわれています。そして、収量は文字通り、収穫高」と解説するのは林壮太郎さん。
次世代型コンバインが力を発揮するのは、営農組合や農業法人などの大規模ほ場で使われるとき。収穫後にほ場単位で食味、収量を測ることはこれまでもできましたが、ほ場の面積が大きくなると、同じほ場の中でもバラつきが大きくなります。
ほ場を四角いメッシュ(網目)に区切り、刈取りながら同時にメッシュごとの食味と収量を測定。ほ場内の食味・収量を色分けして"見える化"したマップをKSAS上で確認できるようにしたのが、「食味・収量メッシュマップ」です。
バラツキを"見える化"し、メッシュ毎の施肥量を変えることで、食味改善や収量増加に役立てることができると考えています。
「最終的には、KSASで田植機、トラクタとも連動して、ほ場の中のバラつきを極力少なくして全体の収量を上げ、かつ味も良くしていくのが狙いです」と林さん。
食味の測定には、「近赤外線分光分析法」を利用。モミに光を当てて、反射した光からタンパクと水分の含有率を測定します。「タンパクを測定できるのはクボタの強み」と林さん。メッシュマップ機能の開発にあたって、従来よりも計測回数を大幅に増やし、精度向上に取り組みました。一方の収量は、「こく粒流量センサ」を新たに開発。グレンタンクに運ばれてくる作物の衝撃を検知し、それを収量に換算することで、収穫している場所の収量をリアルタイムに計測することが可能になりました。
こうして測定した食味と収量のデータを、GPSの位置情報と合わせることでメッシュマップ化していきます。
「開発当初は、刈取り中の機械振動や車速、脱穀状態など様々な要因によって、メッシュマップに表示される測定データに誤差が出てしまっていました。データを少しでも正確にするために、一つ一つ誤差要因を取り除く処理を考え、検証していくのに、最も苦労しました。稲、麦が対象ですが、品種の違いに対応するのも難しかったですね」。
クボタが目指す農業の未来
ICTやIoTが発達して、医療、漁業など様々な分野でデータを活用したイノベーションが進んでいる現代。「農業でももっともっとデータを活用していくべき。若い人も参入しやすくなる」と仲島さんは言います。
目指すのは、「簡単操作で楽に、無駄のない最適収穫ができるコンバイン。そして、コンバインで測定した食味・収量のデータをKSASクラウドに送信し、トラクタ・田植機も連携していく。自動運転技術を向上させ、誰もが始められて、省力化できて、儲かる農業を実現したい。国内では高齢化による人手不足を解決して、国外では世界各地の様々な作物をICT搭載コンバインで刈取りたいですね」。
「たくさんの農家さんを訪ねて、想像以上に高齢化が進む厳しい状況を実感しています。食を支える農業を大切にしたい。最新ICTを活用してこれからの農業を支えていきたいと、改めて思います」と林さん。
「考えて設計して、農家の皆さまからの声、自分の体験をフィードバックする、それも誰もまだやったことのないことに取り組ませてもらっています。日本の農業が抱えている問題解決に貢献しようとしているチームにいられることがとてもありがたい」と中林さん。
クボタの技術部の強みは、技術者たちが農家から直接生の声を聞き、自分たちも体験しながら、設計して評価して研究開発にフィードバックできる点。「技術者としてこんな幸せなことはないです」と3人は笑みを見せていました。