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GROUNDBREAKERS特集「新たな農業モデルへの挑戦」アイ・エス・フーズ徳島株式会社 酒井貴弘様

クボタニュース2021/10/15

徳島県

青ネギ

特集 GROUNDBREAKERS

若々しい力を結集し、未来を切り拓く!

〜GROUNDBREAKERS特集「新たな農業モデルへの挑戦」アイ・エス・フーズ徳島株式会社 酒井貴弘様〜

GROUNDBREAKERS特集「新たな農業モデルへの挑戦」アイ・エス・フーズ徳島株式会社 酒井貴弘様

土と作物に向き合い、農業に挑み続ける人たち
――GROUNDBREAKERS<先駆者>。
新たな農業のモデルを模索しながら挑戦を続ける若きエースに、就農のきっかけや農業の魅力、これから目指す姿についてお話をうかがいました。
(この記事は、2021年1月発行のクボタふれあいクラブ情報誌「ふれあい」42号を元に構成しています。 )

農業の可能性を感じて20歳の時に就農。

 徳島県阿波市。温暖な気候に恵まれたこの地域で、青ねぎの生産・加工を行っている若々しい企業があります。アイ・エス・フーズ徳島株式会社は、2017年設立。代表の酒井貴弘さんが23歳の時に起業しました。
 酒井さんの実家は淡路島で農業を営んでおり、米やたまねぎを栽培していました。家族の「農業は儲からない」という言葉に、酒井さん自身は農家を継ぐ道を選ばず、高校卒業後、一度は地元の企業に就職しました。一方その頃、父親がもともと営んでいた事業から撤退し、知り合いの要望で青ねぎの栽培を始めました。農機具などは揃っていたものの、栽培方法は独自で調べて研究したそうです。ある時、父親から決算書を見せてもらった酒井さんは、ビジネスとしての農業に興味を持ちます。「それまで農業は辛くて儲からず、かっこ悪いというイメージがありましたが、そんなことはないんじゃないかと農業への可能性を感じました。私は小学生から高校生までずっと野球を続けてきたのですが、高校3年生の時に腰を疲労骨折して夏の高校野球大会に出られず、とても悔しい思いをしました。人生は一度きりなので、やりたいことに全力投球して輝きたいという思いが強かったので、ここで農業を始めようと決心しました」。そして、勤めていた会社を辞めて淡路島で就農したのです。
 淡路島で青ねぎの栽培をスタートした酒井さんは、栽培面積を毎年倍の広さに増やしていきました。しかし3年目になると、それ以上農地が集まらなくなり、同時に人手の確保も課題になりました。「規模が大きくなるほど淡路島だけで農業を続けることがリスクだと感じるようになり、他の地域での展開を考え始めました」。この頃、徳島県阿波市の契約農家の方と話す機会があり、「阿波は農業をするにはとても良い地域だけど、農家の高齢化や後継者不足で、耕作放棄地が年々増えている」という話を聞きます。そこで徳島への進出を決意。早速、青ねぎを栽培する土地探しを始めました。

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慣れない地域での農地探しに苦労した。

 徳島県は淡路島(兵庫県)から橋を渡ってすぐの近さとはいえ、酒井さんにとってもともと深い縁がある地域ではありません。そんな徳島で農業を始めるにあたり、最初にぶつかった壁は「農地の確保」でした。当時の酒井さんは23歳と若く、「年齢的にも信用してもらうのが難しかったのでしょう。市役所などいろんなところへ相談しましたが、なかなか土地を借りることができませんでした」。
 それでも酒井さんは諦めず、さまざまな方法で知り合いを頼り、粘り強く交渉を続けました。そしてようやく2枚の田んぼを借りることができ、ここから本格的に徳島での農業が始まりました。ほ場の管理を徹底し、地域の人との交流を丁寧に重ねながら成長を続けてきました。今では農場も14haに広がり、スタッフは27名。他府県の契約農家を増やし、2021年5月には選果場や冷蔵庫も完備した新しい事務所も完成する予定です。まさに、地域そして日本の農業をリードする目覚ましい活躍をする酒井さん。令和二年度の全国優良経営体表彰の経営改善部門にて、淡路島で事業を展開するアイ・エス・フーズ株式会社と共同で農林水産大臣賞を受賞されました。

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積極的な視察や情報収集、人とのつながりを大切に、
大いに学び成長。

 酒井さんは農業において、収益向上はもちろん効率化や省力化、働きやすさなど、さまざまな課題や改善点があると考えています。そこで魅力ある農業を模索し、積極的に最新の情報を集め、国内外への視察にも出かけていきました。「徳島に来てから、肥料メーカーの方とお付き合いがあり、日本や世界の農業の現状についていろいろと教えていただきました。国内でもいろんな農場へ行き、栽培方法や工夫をうかがいましたが、海外の農場視察では衝撃を受けましたね。農業技術や品質管理に優れていて、育った作物の味もとてもおいしかったのです。もちろん耕作面積の大きさも、日本とは違います。ほ場1枚あたりの広さが大きいほど、栽培や収穫の効率が良いことも実感しました」と酒井さん。折しも、気候変動や台風が来た時の被害が年々大きくなり、作物の収穫量が減ってきていることを肌で感じて危機感を覚えていました。「近年、日本の農業界においてもIT化が目覚ましいですが、20年前とほぼ同じ農業スタイルが残っている部分もあります。同じやり方を続けていくのではなく、良い考え方や施策があれば積極的に取り入れて、常に改善し成長していきたいです」と語ります。

 一方、アイ・エス・フーズ徳島も大いに視察を受け入れ、農業経営者をはじめ多くの方が、年間を通して見学に訪れます。「産地間競争は、良い切磋琢磨を生む面もありますが、私たちが向き合って競争していくのは隣同士ではなく〝世界〞。農業で生き残り次の世代へつないでいくために何ができるか、協力して助け合い、一緒に考えていきたいと思っています。私たちの農業に興味を持ってくださった方には、当社のほ場や作業の様子を見ていただき、そこでも情報や意見を交換しています」という酒井さん。特に若い農家の方と接すると、グローバルな視点と協力意識を感じ、刺激を受けるそうです。忙しい時も時間を作り、興味を持った農場や経営者のもとを訪れ、人とのつながりを大切にしながら、日々学び、実践し続けています。

良い土づくりは、良い青ねぎづくりの基本。

 徳島県で起業し、青ねぎの栽培をスタートしてから地道に農業の勉強や地域との関係づくりに取り組んできたこともあり、もとは水田だった土地を中心に、少しずつほ場を借りることができるようになってきました。実際にその青ねぎ畑に足を運ぶと、まっすぐなうねが整然と並び、一面に青々とした美しいねぎが育っている様子に驚きます。「特にまっすぐなうねにこだわっています。それが取引先の信頼につながり、また大切な土地を貸してくださっている方にも、〝貸して良かったな〞と思っていただけると思います。土地も作物もしっかり管理することを心がけています」と酒井さん。その姿勢は地元でも徐々に信頼を集め、今では地元で「ぜひうちの土地を借りてほしい」と依頼されるまでになりました。

 美しさだけでなくおいしい青ねぎを育てるために、並々ならぬ手間や時間もかけています。特に土づくりは、すべての基本になると言います。「土は人間で例えると家のようなもの。生きて成長する上での土台です」と酒井さん。1年に一度は土壌診断を受けるようにしています。農場長の山田伸伍さんは、「収穫が終わると、土に緑肥を加えます。化成肥料だと、その年は良いねぎが育ちますが、次の世代に続かないのです。自然の緑肥の力を借りて土を豊かにすることで、長く良い土を育てていこうという考え方です」。副農場長の山本伊織さんも、「土づくりは基本中の基本。新規参入が多い中で、おろそかにされがちな点ですが、実は一番大事だと考えています」と話します。

 また土づくりに加え、栽培においても安全性やおいしさにこだわっています。「日本の作物は安全安心だというイメージがあります。しかし海外の例を見て、何をもって安全とするかが見えにくいと思いました。そこで自分たちで考え、ASIAGAPを取得しました」と山本さん。こうして疑問を追求し、良いと思ったアイデアや仕組みを積極的に取り入れています。新しいことへの挑戦について、山田さんは「当社は、最低限のリスクは回避しながらも、自分たちの考えを提案しやすい環境に恵まれています」と魅力を語ります。自由で風通しのい社風があるからこそ、若い人たちが主体的に活躍し、それが個人や会社全体のさらなる成長にもつながっているようです。

経営課題にも果敢に取り組み、確実に成果を出す。

 創業から3年経った2020年の9月、酒井さんは一旦現場から離れ、経営に専念することを決めました。このタイミングで決心したのは、新たな課題に向き合うためです。「徳島で事業を始め、これまでは会社を軌道に乗せることを目標にやってきました。おかげさまで少しずつ安定して収益も上がり、スタッフのみんなも今の環境に慣れてきたと感じています。ここで私が本来の仕事である経営に専念することで、財務などの現状をさらに詳しく分析し、経営面からも生産性を上げていこうと考えたのです」。早速動き出した酒井さんがまず着手したのは、単一作物から複数作物の栽培への切り替えによるリスク回避です。「当社の青ねぎは99%がカットメーカーへ納品されており、昨年の新型コロナウイルスの流行による影響も最小限に抑えられましたが、それでも売り上げは2割減りました。青ねぎだけに頼ることなく、現在はいちごなど異なる作物の栽培も計画しています。また、安定供給を使命とし、四国や関西をはじめ全国に産地を展開することで、通年でのリレー供給を目指しています」。
 そして、最近取り組み始めたのが経営理念をつくり、社員みんなで共有することです。現在まで約半年をかけ、どのような会社にしたいかを考えている最中です。これまでも会社のビジョンについて話す機会はありましたが、会社として何を目指すのか、また事業の目的は何かを今一度言葉にし共有することが大切だと考えています。それがスタッフにとって、日々の仕事における目標や意義、会社の発展に向けた創意工夫の、大きな土台となるはずだからです。「他にもキャリアアップ制度・評価制度の導入や福利厚生の充実など、スタッフが楽しみややりがいを見つけて長く働き、夢を叶えるサポートができるよう考えています」と酒井さん。こうして新たな目標を見つけて実行し続けています。

 さらに「事業として魅力ある農業」を追求し発信するべく、第1回から参加している「次世代農業サミット」では、昨年9月から協力者となり運営にも携わっています。これは全国各地から150人ほどの屈指の農業経営者が集まる会で、情報を交換し、互いに高め合っています。「経営者としての視点で学ぶことも多く、今後も会の発展のために尽力したいです」。

ほ場探しから農機具選びまで幅広く相談。

 そんな酒井さんを支えるパートナーの一人が、中四国クボタの松永悠さんです。徳島での知り合いも少なく、土地を借りることにも苦労していた時に出会いました。「淡路島で知り合いだったクボタの営業さんに相談し、松永さんを紹介してもらったんです。農機具のことはもちろん、栽培技術や肥料についても相談に乗ってもらったり、土地を借りる支援もしてもらって心強かったです。あの出会いがあったから今があると、感謝しています」と話します。松永さんは「当時、徳島の後継者不足は本当に深刻でした。そんな中、酒井さんの熱意に打たれて、要望や相談にしっかり応えていきたいと思いました」と振り返ります。「ワンチームで農業を良くしていきたいですよね」と言う酒井さんに、松永さんは「私たちもしっかり勉強して成長し、農家のみなさんの経営全般をサポートしたいです」と力強く語ります。

「農業界の太陽」のような存在になっていきたい。

 若きリーダーとして果敢に農業界を牽引していく酒井さんが今後目指すのは、「自分たちが〝農業界の太陽〞のような存在になり、日本の農業に夢与えること」。農業にがんばって取り組めば、きちんと収益を上げられるという〝儲かる農業のモデル〞を若い人たちに見せたいと言います。「最終的には、農業を通じてみんなが幸せになり、就きたい職業ナンバー1になればいいなと思います。そして日本の人口が減り、反対に世界人口は伸びている中で、国内だけでなく海外でも販路を開拓し、海外でもアイ・エス・フーズという会社が知られるようになればうれしいです」と将来の夢を語ってくださいました。

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酒井さんのインタビュー動画も掲載!
GROUNDBREAKERS特設ページはこちらから

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